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なぜか魅かれるもの―②

「箱」も私がなぜか魅かれるものの一つだ。一口に「箱」と言っても、これまた素材、サイズ、形状の違いでさまざまなのだが…。「箱」に魅かれた記憶を遡ると、幼稚園時代に使っていたお道具箱(紙製)から始まり、小学生になって揃えた絵具箱(木製)や裁縫箱(セルロイド製)あたりに行き着く。つまり、蓋付きの容器で、中には目的に沿った道具がこまごまと入っている状態のものを指す。形状に合わせた仕切りにも、やたら胸がときめくんだよなあ。わけもなく何度でも出し入れしたりして遊んだものだ(笑)。中身が宝物なのではない。おそらく「箱」に入っていることで宝物に格上げされるのだろう。中と外の組み合わせの妙で、様式美と化すのである。

私の子供の頃(ザ・昭和30年代!)は、商品パッケージはほとんどが紙(液体は硝子壜)だった。紙の箱に紙の紐に熨斗紙…と、様々なものは紙でくるまれ、ハレの顔になって差し出されていた。そして受け手はそれらを丁寧にほどき、暮らしの中で再利用。特に工作の時間は、紙の再利用がもう一度ハレをもたらす画期的な機会で、同級生たちが持参する家庭紙資源から色々なことを想像したりした。まったく嫌なガキだ(笑)。

 

大人になっても「箱」には目がなく、勤め先にお菓子の差し入れなどが届くと「この箱要りますか?」と、処分する前に必ずお伺いをたてられた(汗)。「箱」のご意見番に認定され、嬉しいやら恥ずかしいやら…。まったく嫌なババアだ(笑)。ただ「箱」の好みも年とともに変わっていった。ちなみに今いいなあと思うものはこんなかんじ―。

 

▶父の遺品

職人だった父が道具入れにしていた木箱。もちろんリンゴ箱などの再利用品。戦後、ひとりで始めた板金加工業の、開業当時から使っていたものかと思われる。ここに金槌、のこぎり、釘、鉋などが、ぐちゃぐちゃに放り込まれていた。今だったら、古道具屋で1個3000円くらいで売られていそう(笑)。

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▶麻雀牌

友人のダンナが「マメコ、これ好きそう!」とプレゼントしてくれたミニ麻雀牌のセット。しかも深紅!アクセサリーにしたらキュートだなあと思ったが、やっぱこの鉛筆ケースみたいな蓋を開けるときのワクワク感が捨てがたく、そのまま温存(笑)。

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雛人形

私が生まれたときに 祖母と叔母から贈られた雛人形。当時は段飾りが一大ブームだったので、幼心に「イマイチ貧乏くさい!」印象しかなかったが(苦笑)、この形状だから痛むことなく保存ができ、生まれてこの方毎年必ず飾ることができている(汗)。私のドールハウスの原初体験だ。今の時代、こんな古めかしいガラス箱が破損したら、もはや修理してくれる店もないかもしれない…それが一番シンパイ。

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人形や小道具が入っている箱がまたシビレます!

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 ▶空き箱イロイロ

 空き箱を本に見立てて装丁し、本棚に入れて遊んでいる。何と100冊(!)ほど作ったが、アイスクリームのマルチパックが一番使い勝手が良かった(笑)。なーんちゃって本だから、タイトルを全部さかさまにして…。それにしてもくだらないったりゃありゃしないな(汗)。

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 ▶リカちゃんトリオハウス

3年ほど前、これまた友人に「ヤフオクで見つけたから」と誕生日にもらったリカちゃんトリオハウス。すごい偶然なのだが、私が小学生の時に始めた買ってもらった着せ替え人形用の家がこれだったのだ!持ち運びできる箱状の2間。40数年ぶりに同じものを手にして、思わずデコってみたのがこちら。客人に見せると、男女の関係なくみんな大ウケ(笑)。家のタイトルは「懺悔の値打ちもない?」。右側をマリアの間、左側をイエスの間にリフォームしたわけです、はい。

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 ▶最後に究極の箱をご紹介…ガブリエル・オロスコ『空の靴箱』(’93)

去年、最もテンションの上がったガブリエル・オロスコ展(東京都現代美術館)で出会った「箱」。正確に言えば、タイトル通り、白い靴箱を写した1枚の写真である(図録左ページ)。いわゆるコンセプチュアル・アートという括りに入る作品だが、じーっと魅入ってしまった。空っぽな箱の中心に何を見るか、何を感じるかは人それぞれだろう。ただ、作品には全てをコントロールするような窮屈さはなく、むしろ柔らかでのびやかな印象を受けた。そして箱の中に漂う時間に気持ちよく呑み込まれてゆく感覚に陥ったのだ。この中で丸まって眠るじぶんを想像して思わずニンマリ★オロスコは写真を彫刻だと考えているらしいが、とても納得。

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 でもってよく考えてみれば、人が最期に横たわる棺も「箱」ではないか!「箱」をめぐるイメージはどこまでも膨らみそうな予感がするが、今日はバレンタインDAY。とりあえず友人に頂いた虎屋の羊羹ショコラと珈琲で甘い夢を見るとするか―。