勝手にシネマ評/『タレンタイム ~優しい歌』('09)

へっ?いったい何ごと?聞いてないし…(汗)。チラシには「8年の時を経て“伝説の映画”がついに待望の劇場公開」とある。そう言われても、逆に引いてしまうが…(汗)。ただし、いかに宣材に無関心なあたしでも、予告を見れば自ずとカンは働く。取り急ぎ、こちらの動画をチェックしてみて。


『タレンタイム~優しい歌』予告編 Angel ver.

結論から言うと、『タレンタイム~優しい歌』の予告は、早々に公開日を心待ちにさせる2分間である。データベースの乏しい人でも、「なんだかイイかんじ…これ見たい!」と、思わずホホを緩ませる道案内になっているのではないか。ついぞ触れたことのないマレーシアの映画だが、なるほどここには「伝説」と呼ばれるに値するテイストが網羅されている。ちなみに辞書によれば、「伝説」ある時、特定の場所において起きたと信じられ語り伝えられてきた話―とある。

f:id:chinpira415:20191207114300j:plain話は前後するが、本作は完成後8年間、観客の口コミを支えに日本各地でささやかに自主上映され続け、今回初めて劇場公開が実現した息の長い映画だという。つまり、映画そのものが描いているのも「伝説」なら、作家の手を離れた映画が、観客に息をつながれて「伝説」と化してもいるらしい。未だDVDになっていないことも、前のめりに拍車をかける大きな要因だろう。

f:id:chinpira415:20191207114455j:plain驚くのはまだ早い!監督のヤスミン・アフマド(1958-2009)は、本作完成直後に51歳の若さで急逝。全編にわたり、生と死が非常に接近した形で描き進められたこの1本が遺作となるとは…。すべてがあまりに劇的すぎて茫然としてしまうが、『タレンタイム~優しい歌』は、この先も何度となく人々の口の端に上る傑作である。天界に召された彼女は、作品と共に永遠に語り継がれる―。

f:id:chinpira415:20191207114951p:plain本音を言えば、「伝説」とは予備知識なく、バッタリ出くわしていただきたいので、いつものようにエンジン全開で映画評にまとめるのは、いささかためらわれるのだが―。そもそもあたし自身、マレーシアのことは、何一つ知らなかった(汗)。地図上で指し示すことさえできなかったし、宗教や言語の異なる人々が共生する他民族国家だという事実も、映画を見て初めて知った。何かにつけて、日本人には想像しにくい背景じゃないか―。

f:id:chinpira415:20191207120433j:plainところがヤスミンの映画には、あたしみたいなボンクラを最短最速で射止める決定打が随所に用意されている。その一つが「音楽」である。

f:id:chinpira415:20191207120018j:plainドラマは、学内の音楽コンクール“タレンタイム”に挑戦する高校生たちを描いた群像劇。当然ながら音楽は肝になるが、競技シーン以外でも音楽を活かした演出がことごとく素晴らしい。多様な楽曲のきらめきが、ときに雄弁に、ときに思慮深く我々の胸を打ち、見知らぬ国との距離をイッキに縮めてくれるのだ。選曲はもちろん、登場人物のキャラの違いを、扱う楽器で色分けしてみせるのも、わかりやすく楽しい試み♪

f:id:chinpira415:20191207115557j:plainここで競技に絡む高校生諸君を紹介すると…。しっとりとピアノの弾き語りで魅了するのが、リベラル&リッチなおウチ育ちのムルー嬢。ギター片手に陽気にオリジナル曲を歌う転校生のハフィズ君は、母親が末期の脳腫瘍で入院中。そんな転校生を何かにつけて敵視するのが中国系のカーホウ君で、見事な二胡の腕前をお披露目。ここに、ムルー嬢の送迎役に抜擢されたインド系のハンサムBOYマヘシュ君が加わり、キーマンの多さにたじろぐほどだ(汗)。

f:id:chinpira415:20191207121527j:plainいや、まだまだ序の口。たじろいでいる場合じゃない。4人の他に、彼らの家族や親族や友人たちが出張るわ、キャラの濃い先生たちも黙っていないわ、さらにはメイドに天使に亡霊(!)までもガッツリ組み込まれた、多民族かつ大所帯のドラマなのである。

f:id:chinpira415:20191207120227j:plainそのうえ誰一人欠かすことができない役どころを配されていて、登場人物全員が主役となって奏でるオーケストラ仕立て「音楽」を網の目に張り巡らし、多様な人々がゆるやかにつながることで映画内相関図は豊かさを増し、やがてマレーシアという一国の枠を超え、目の前にすーっと「世界」が出現する! そう『タレンタイム』は、「音楽」を共通言語に「世界」が立ち上り、我々に「希望」の在りかを授ける映画なのだ

f:id:chinpira415:20191207121758j:plain例えば、耳の聞こえないマヘシュ君とムルー嬢の中越しの初恋がある。残された時間を精一杯慈しみあうハフィズ親子の情愛があり、同僚を慕う片思い先生の一途さもある…。甘い触れ合い、清らかな願い、苦く切ない別れ…など、映画は人と人が織りなす様々な情景を捉え、ときに憎々しい感情にさえも「希望」を見い出し、ユーモアを交えながら切り捨てることなく、もてなして描く。とてつもない包容力で。

f:id:chinpira415:20191207122129j:plainまた「希望」は、各人の胸の内を伝える「告白」のアクションと常に抱き合わせて紡がれるので、画面の強度は増し、我々と映画の親密度はより高まるというわけだ。だが実際の社会はそうじゃないそうじゃない状況を見据えているから、この太っ腹が胸を打つ!

f:id:chinpira415:20191207122445j:plainヤスミンは、人と人との距離が近づくほどに、民族、宗教、言語、文化のすれ違いをあえて露呈させ、むしろ世界のままならなさを容赦なく浮かび上がらせるが、黙って立ち去りはしない。まず他者との間に風を通す。そして困難さを引き受けたうえでなお、人が皆、こうありたいと願ってやまない理想の世界図を描き切る。愛は月より古く”、相互理解はけして見果てぬ夢ではないと…。うーん、思わず武者震い!

f:id:chinpira415:20191207122756j:plain映画は、念じていれば必ず見られるチャンスがやって来る娯楽。ヤスミンの作品はいずれDVDになるだろうし、回顧展も開催されるだろう。だから極力具体的なスケッチに触れないようにしてきたが、最後に1つだけシビレまくったエピソードを紹介すると―。

f:id:chinpira415:20191207123109j:plain死期が迫るハフィズくんの母の枕元を訪れては、話し相手になる車椅子の男がいる。ずいぶん打ち解けあっているが、明らかに実在の人間ではない気配。亡霊?守護神?それとも死神?…やがて迎える最期の瞬間。男が、赤く光る木苺の束を口元にそっと差し出すと、母は静かにその実を受け入れ、天に召される―。

f:id:chinpira415:20191207123632j:plainヤスミンの映画では、生者間の隔たりだけじゃなく、生者と死者の隔たりもまた溶け出して消えて行く…。未だかつて見たことがないほど慎ましく美しい最期の晩餐。まるで神話のような一節を、サラっと簡素に綴るがゆえに忘れ難い。この世のすべての優しさを引き出すヤスミンのマジック…思い返しては今も背筋がゾクゾクする―。

f:id:chinpira415:20191207194842p:plain(おまけ)名古屋で見逃したマブダチKKからこんな興奮メールが―「さほど映画を沢山見ているわけじゃないけど、これは名作。と、いうか大好き♥京都まで行った甲斐があったどころか、おつりがくるわ~」だって★タレンタイム エクスプレスですか?(笑) 伝説はこうして語り伝えられるのね…。ではバージョン違いの予告でもう一度むせび泣いていただきましょう~♫


『タレンタイム~優しい歌』予告 I go ver.

 

『タレンタイム ~優しい歌』

2009年/115分/マレーシア

監督・脚本 ヤスミン・アフマド
撮影       キャン・ロウ
音楽       ピート・テオ
出演       パメラ・チョン マヘシュ・ジュガル・キショール

 

PS 次回は12/30に更新します