勝手にシネマ評/『ロスト・イン・パリ』('16)

わーい、わーい、心底うれしい!夫婦道化師、ドミニク・アベルフィオナ・ゴードンの新作を紹介できる日がついにやって来た!何かと一言多いこのわたしが、もろ手を挙げて「ブラボー!」と喝采を贈る数少ない作り手、それがアベル&ゴードンだ。

f:id:chinpira415:20170906225550j:plain

本当は余計なことなど、グダグダ書きたくないんだよなあ…。何せ2人はパントマイムを芸道の神髄にしているから、言葉で説明するほどに野暮になってしまう(汗)。見事な身体フル稼働おしゃべりを、黙って眺めているだけで、じわじわと彼らの波動に感染し、「これ以上、なにか要りましたっけ?」なーんていう境地に至るわけだ。でも、監督・脚本・主演もこなす名コンビとはいえ、もともと舞台出身の道化師だから、強力な前フリがないと、多くの人にとっては「誰それ?」「何それ?」で終わってしまいかねない…。

f:id:chinpira415:20170906225728j:plain f:id:chinpira415:20170906225804j:plain

幸運なことに、わたしは2010年に公開されたアイスバーグ』(‘05)と『ルンバ!』(‘08)を、立て続けに目撃してノックダウンしちゃった口なんで(どちらも傑作!今すぐチェック!)、ここはあえてデバって、鑑賞の動機づけにしてもらおうと筆を取った次第です、はい。

f:id:chinpira415:20170906230042j:plain

新作『ロスト・イン・パリ』のあらすじはこうだ―。

雪深いカナダの田舎町で暮らす図書館司書のフィオナ(フィオナ・ゴードン)の元に、パリで自由な独居老人生活を謳歌しているはずのマーサおばさんから、助けを求める手紙が届く。心配になったフィオナは、“はじめてのおつかい”さながらに、憧れの地パリへ旅立つが、アパートを訪ねてもマーサの姿はないわ、セーヌ川に落ちて所持品を丸ごと失くすわ、怪しげなホームレスの男ドム(ドミニク・アベル)にまとわりつかれるわで、踏んだり蹴ったり。果たして、フィオナとマーサとドムの3人の関係をグルグル巡る人生すごろくが、“あがり”に着地する日はくるのか?!―

f:id:chinpira415:20170906230808j:plain

どう?なんとなくお気楽な喜劇を想像したのでは?そうそう、のんきに構えて頂いて大いにけっこう。ひとたび幕が上がれば、そんなに単純な映画じゃないってことが一瞬でわかるから。むしろギャップを味わえて、ちょうどいい塩梅よ。さてここから先は注目ポイントをご紹介★

f:id:chinpira415:20170906231222j:plain

まずは身体性。セリフを抑え、パントマイムを語りにして物語を紡ぐ彼らの作法は、これぞまさに身体を張った純度100%のアクション映画。例えば、フツーに歩く、フツーに走る、そしてフツーに立つ姿までも、けしてフツーじゃない。いや、この説明じゃわかんないか(苦笑)。つまり、無意識で行う動作のすべてに、想像力をかきたてる芽がぎっしり生えているので、一つの動作を機転にして何が巻き起こるか、予測不可能な愉しみがある。物語に奉仕するアクションではなく、アクションによって物語が自然発生し続ける…そんなニュアンス

f:id:chinpira415:20170906230847j:plain

しかも、フツーの動きから逸脱しているのに、意図的に映らないから驚く。2人の足は、シャガールの絵のようにファンタジーの絨毯に乗って浮世を離れることはなく、軽やかではあるが、絶えず我々の足元と同じ大地をステップしている。彼らの作品に流れる親密さの源泉は、こんなところにある気がした。

f:id:chinpira415:20170906231803j:plain

次に色彩設計。赤、黄、青の3原色を惜し気もなく使い切る彼らの作法は、パントマイム同様、色を語りに用い、物語の展開に花を咲かせる。雪の「白」から始まり、カナダ国旗の「赤」が小物となって飛び跳ね、ウブな心を持つフィオナには「緑」、ヒロインを照らすドムには光の「黄」をまとわせて、2人を引き合わせたマーサが「青」いマフラーで聖母の象徴となる―。色彩とアクションの掛け合わせで、映画のマジックがさらに際立つ設計。そのうえ、これだけ色彩を前面に押し出しながらも大袈裟な印象は皆無で、ノンシャランな香りが損なわれないのも、特筆すべき点だろう。

f:id:chinpira415:20170906231611j:plain

最後は世界の捉え方である。映画は、おばさんを救出しに行ったヒロインが脱線を繰返し、「ミイラ取りがミイラになる」スケッチをしつこく盛り込む。ステップは軽妙、絵はカラフル、情感は控えめ…なのに、行く先々で遭遇するハプニングは、かなり酷くてギョッとする。緩急交えながらのノンストップ波乱中継。そう、ギャグと匂わせる一方で、リアルな世界の不条理さもつかまえて逃さないから、やけに骨身に染みるのだ。

f:id:chinpira415:20170906232023j:plain

火葬場に閉じ込められるコント、コインランドリー野宿にゴミ箱あさり、はたまた自由すぎるおばさんの下半身事情までぶちまけ(!)、我々を煙に巻いて澄まし顔♫ えぐいエピソードの数々が、ここでもアクションの浄化作用で、愛らしく様変わりするからタマらない~。

f:id:chinpira415:20170907090545j:plain

やがて3者3様に世界を彷徨い、多様なメロディーに乗って身体一つでたどり着いた先には、エッフェル塔自由の女神がしっとりと浮び上がる。原題は裸足のパリ。自由を我がものにした“あがり”の絵に、もっともふさわしい地、パリのきらめきの中で、無常観まで漂わせて映画は幕。散骨に降る雨までも自由で心憎いアベル&ゴードンの世界…無論、締め括りの一言は「ブラボー!」でキマリよ★

f:id:chinpira415:20170906231955j:plain

名古屋シネマテークにて公開中!

9/16(土)~ 9/22(金)⇒12:45~   18:40~

9/23(土)~ 9/29(金)⇒11:00~


映画『ロスト・イン・パリ』予告編

 

『ロスト・イン・パリ』

2016年/ 仏・ベルギー/カラー/83分
監督・脚本・製作・主演  ドミニク・アベル フィオナ・ゴードン
撮影      クレール・シルデリク ジャン=クリストフ・ルフォレスティエ
美術      ニコラ・ジロー
キャスト    エマニュエル・リバ ピエール・リシャール フィリップ・マルツ

 

PS 次回は10/2にUPします