橋本治は永遠にえらい!

2019年1月29日 作家の橋本治さんが亡くなってしまいました😢。享年70歳。訃報をネットで目にしたとき、ザーッと血の気が引くのが、じぶんでもありありとわかりました。この30年、橋本さんの文章に、何度シビれ、大笑いし、自由を味わったことか―。

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橋本治という名の金脈は、「量」「幅」「質」そして「奥行き」までもスゴ過ぎて、一生賭けて探索する宝の山だと勝手に思っていた節があります。あたしが呑気に3合目あたりをうろついていても、橋本金脈は「減らない、錆びない、逃げ出さないから大丈夫。お愉しみはずーっと続くよどこまでも~♫」と、信じ切っていたんです。どうしてそう確信していたのか…。尋常じゃない仕事量をはじめ、病気のことも公言されていたのに、それでもなぜかフツーの人の身に起こるシンパイごとを、橋本さんには結びつけて考えようとしなかった…「いつまでもあると思うな親と金と橋本治だったなんて。

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橋本さんの文章に魅かれたきっかけは、1989年に文藝春秋から創刊された硬派女性向け雑誌「CREA」での連載『絶滅女類図鑑』だったと思います。女たちの頭上を、イヤミと皮肉タップリに、まわりクドく旋回し続けるようなめんどっこいエッセイで、当時の女性誌にはまずお目にかかれない代物でした。難解な言葉など1個も出てこないのに、問題定義の連続技に我が脳ミソはとっ散らかり、ぜんぜんスッキリしない…(汗)。ただ、見過ごせないものが蠢いていることだけは、しかと感じとってしまったのです。

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世の中が、女子のワガママぶりを無視できなくなり、女子の扱い方に幅をもたせるフリをし始めたとき、橋本さんは赤い絨毯でもてなすどころか、当の女子たちでさえ無自覚な本質をえぐり、白日の下にさらしてみせました。しかも、オヤジの本懐的な物言いではなく、とうの昔に終わった男社会の現状を読み解いた上での投げ掛けだったから、余計に驚きました。13歳年上のこの人はいったい何者?と、自然に興味がわいたのです。

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こうして橋本さんの教養の厚みに圧倒させられる日々がはじまりました。『絶滅~』などの論評がB面だとしたら、同じ時期のA面では、古典の現代語訳をガンガン披露する橋本金脈。橋本さんは、滔々と流れる日本の歴史の末端に、じぶんの日々の営みも地続きで流れていると、フツーに考えてしまえる人だったような気がします。あたしも意を決し、95年の年末から文庫化された『窯変 源氏物語を毎月購読。1年かけて全14巻と番外編『源氏供養 上・下』を読了し、忘れられない源氏イヤーとなりました。

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実は『窯変ー』の「薄雲(うすぐも)の章、光源氏最愛の女性・藤壺が亡くなるくだりに差し掛かった96年の春と、傍迷惑な軟弱BOYが自滅する「柏木(かしわぎ)の章を読んでいた同年の晩夏に、親しかった友人が立て続けに急逝…。我が人生で最も足元が揺れる日々の中にいて、支えとなっていたのが『窯変ー』でした。特に源氏の死後を描いた宇治十帖、「浮船(うきぶね)の章には鳥肌が立ちました。『アンナ・カレーニナ』は、アンナの死後にデカイ話へ変調して爽快でしたが、橋本源氏は終盤になるにつれ冷徹なリアリスト目線が冴えわたり、雪の女王みたいな振舞いで超カッコいいんです!

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僕には、有名な古典をわかりやすくポピュラーにしようという発想は、全然ない。原典が要求するものしか書かない。古典に対する変な扱いや、変な迷信を取り除きたい、ただそれだけのこと” 枕草子から始まった古典シリーズは、徒然草古事記平家物語etc…と続き、一人の作家の仕事とは信じがたい偉業を成し遂げます。そこにさらに輪をかけ、美術分野にまで分け入って『ひらがな日本美術史 1~7』を発表。「芸術新潮」での連載は立ち読みで済ませ➡本にまとまったら買うを繰り返しました(笑)。

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『窯変ー』さえ、気に入ったフレーズが出てくると傍線をグイグイ引いたあたしですから、教科書以上に読みふけった『ひらがな―』シリーズなんて、自慢じゃないけどカンペキにじぶん仕様に使い込んでます(笑)。実物と遭遇するチャンスがあれば、見る前に読み、さらに見た後でまた読みなおす…生涯テキストの決定版となりました。橋本さんの美術評は誰のものとも似ていません。いや、美術に限らずすべてにいえることですが、対象と対象の背後にたなびく周辺事情まで事細かに思考をめぐらせ、まるで自ら時空を超えてキャッチUPしてきたかのごとく、言葉を紡いで指し示すのです

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例えば橋本さんは、長谷川等伯の国宝『松林図屏風』(六曲一双)について、この右隻の左端にわだかまった冷たい空気の流れがあきらかにあると書いています。そしてここからの展開に頭クラクラ~(汗)。なんとこの屏風から、「ジャズのリズムが聞こえる」というオチへ淀みなく語り尽くすのです!単なる“言ったもんが勝ち”妄想じゃないんですよ。めちゃロジカルなの~。ウソだと思うなら、今すぐ『ひらがな日本美術史3』を求めて本屋へGOしてください。目からウロコが落ちまくりますよ★

f:id:chinpira415:20190310203751j:plainそして『ひらがな―』シリーズで最も影響を受けたのが桂離宮の章です!橋本さんが、桂離宮へはじめて足を踏み入れた体験記にいたく感動し、ずーっとずーっと行きたくてしょうがなくて、2009年秋、遂にお出かけ~♪なんと贅沢にも旅のお相手は中野翠さん(30年来の仲!)★ふたりとも橋本さんの解説文をコピーして持参してましたね~(笑)引き戸の向こうとこちらの浮世は全くの別世界…橋本さんに導かれて体感した桂離宮は、あたしにとって永遠にスペシャルな空間となりました(いつか書きます!)

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橋本さんの訃報を知り、すぐに本棚から取り出して再読したのが『ふたりの平成』('91)と橋本治内田樹('08)。橋本さんはもう同じ空の下にいないんだ…と思ったら、たまらなく寂しくなり、今にも生声が聴こえてきそうな2冊の傑作対談集に縋りました。じぶんの好きな書き手同士が「ほら、やっぱり水面下で繋がっていたのね!」と判明するときほど、至福の瞬間はありません。橋本さんは基本ひとり遊びの人でしたが、中野&内田ご両人に対しては「おまえら大好き!」と心から打ち解けていた気がするのです

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同学年の橋本さんと中野さんが語り始めると、そこは学生街の喫茶店に早変わり~♪“願わくば元号が変わる今、“スカートをはいた男の子とズボンをはいた女の子”に、もう一度誌面で再会してほしかったです(涙)。一方、橋本&内田談義は部室ノリ。誰もまともに論じてこなかった橋本先輩の天才ぶりを、内田後輩がそれはそれは丁寧にヒアリングして我々に補足解説…フト高畠華宵の絵なぞ思い浮かべてしまいマシタ(笑)。

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最後は小説家 橋本治について。最も衝撃を受けた1冊は…2009年の『巡礼』(新潮社)ですね。ゴミ屋敷にひとりで暮らす初老の男と、戦後日本の繁栄の道のりを交差させた橋本さん渾身の一作に、身も心も奮えました。ここで描かれる生真面目で孤独な男の生涯と、時代との乖離の手ざわりは、現代をも射程に収めていて恐ろしくリアルなんです。

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「なぜゴミ屋敷の主になったのかー」を読者に想像させること…。橋本さんは、誰も見向きもしないものから、微かに立ち上がる声なき声を感じとり、じっと聴き入ってしまう人でした。そんな純粋な振る舞いが『巡礼』には凝縮されていた気がします。翌年に刊行された『橋』『リア家の人々』と、ぜひ併せて読んで下さい。平成が終り新元号に変わる今、「昭和」と独りで対峙した橋本さんの小説を紐解くことには、大きな意味がありますf:id:chinpira415:20190308230606j:plain亡くなる直前までアクセルを踏み続けていた橋本さん。去年遅ればせながら古事記に耽り、橋本さんが『草薙の剣』(新潮社)を出したと知って、「なんてタイムリーなの!」と小躍りしたのに…ごめんなさい、未だに読み逃しています(汗)。その『草薙ー』は野間文芸賞を受賞。祝いの品に原稿用紙を希望し、「原稿用紙を前にすると幸福になる人間でした」とコメントを寄せたとか。あー、しみじみ泣けてしまいます。


[作家自作を語る]『草薙の剣』橋本治|新潮社

でも橋本さんはたくさんの作品を遺してくれました。なにせ橋本金脈は、ボケボケしていたら一生かかっても踏破できないくらいのスケール、ヤバイです(汗)。この借金を踏み倒すことなく、これからもコツコツ読み続けて行きたい…だってこんなにあたしを奮い立たせ、かつ自由にさせてくれた師は他にいませんから。そう、橋本治は永遠にえらい!―合掌

PS 次回は3/27に更新します