小村雪岱に酔いしれる ☂

2月。非常事態宣言前の最後に訪れた美術展が、岐阜県現代陶芸美術館で開催された『小村雪岱(こむらせったい)スタイル 江戸の粋から東京モダンへ』。今更ながら「間に合ってよかった~」「見られてよかった~」と、心から思う展示でした♥ 来年、東京への巡回が予定されているみたいなので、ちんぴら目線で少々振り返っておきましょう~♫

f:id:chinpira415:20200524125658j:plain以前にも触れましたが、小村雪岱の画業に興味を持ったのは、2006年に読んだ今は亡き原田治氏の名著『ぼくの美術帖』(みすず書房)がきっかけでした。その後、小村雪岱ご本人による自著日本橋檜物町』平凡社ライブラリーを読んだり、古本屋で見つけた画集を宝物にしたりと、ちんぴらはもっぱら印刷物を通してひっそり愛でておりました

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小村雪岱(1887-1940)は、装幀挿絵舞台美術の仕事で名を馳せ、大正から昭和初期にかけて活躍した絵描きです。アカデミックな教育を受け、古典絵画の正統派の伝承者でありながら、圧倒的な“新しさ”があったんですよね。そんな雪岱28歳のデビュー作が、泉鏡花の小説日本橋の装幀のお仕事。どうっすか、もぉ~ステキすぎてしんぼうタマランでしょう~😢100年以上前のセンスに首を洗って出直したい気分です(汗)

f:id:chinpira415:20200528091206j:plainそんな雪岱ワールドが今回大量に直に見られたわけですから、手汗かきっぱなしでしたよ(笑)。今まで印刷本を通してオタク的にしつこく愛でてはきましたが、オリジナルと対峙したときの情報量は全く別物ですからね。劇場で見るとDVDで見るとでは、映画の印象が様変わりするのと同じです。例えば装幀。函と本体とを組合せての大胆な意匠をガラス越しに眺めるとき、物質から放たれる気配を直に浴びると、どんなことを念頭に浮かべながらこの仕事に没頭したのかな…と、やたら想像力が活気づきます。

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雪岱の画業は、商業美術を中心にしていて、今で言うところの売れっ子イラストレーター&デザイナーみたいな立ち位置だったようですが、彼モダンな感性に飛びついた当時の市井の人々の審美眼にも驚いちゃいます👀100年後にも通じる“クール!”を見抜いてたんだもの~。次も泉鏡花『愛染集』(1926)の装幀ですが、なんとこれ、表見返し部分なんですよ!降る雪の向きが所々変わってたりなんかして…カッケー✌ 読む前から、本編の情味と幻想性を予感せずにはいられません。

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そしてこの絵から連想するのが、東映やくざ映画『緋牡丹博徒 お竜参上』('70)の1シーン。加藤泰監督は、雪岱の構図の深さを意識したのでは?なぞと勝手に妄想してますが、雪岱調はウエットじゃないから色褪せないやくざ映画と大きく違う点ですね。

f:id:chinpira415:20200530130814j:plain雪岱が描く美人画は、そもそもちょっとヘンなんですよ(笑)。めちゃくちゃ日本画の技法を極めているのに、表情にも体つきにも厚みがないからか、違う星の生きものに見えてくる。髪を結い上げ、だらりと帯が結ばれていても、日本語はおろか言葉も聞こえてこない。一方で折り曲げられた身体と華奢な首のラインには妙に艶が…

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こちらの木版多色刷の『蛍』(1942)がわかりやすいんですが、小さなポージングイッパツで絵の中の時間がぴたーっと静止し、逆に女性を取り囲んでいる空間がどこまでも拡がって行くような感覚に陥りませんか…一瞬と永遠みたいな…。単なる余白の美じゃなくて、時間が真空パックされてる…“時間の溜め”が絵のキメ手になって見えます

f:id:chinpira415:20200530141108j:plainでもって、挿絵のお仕事になると、この“時間の溜め”が物語の導線を補強し、最高の伴走者になるのです。はい、邦枝完二『おせん』(1941)の装丁挿画をご覧ください。

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かやぶき屋根に、ススキに、砂壁…おせんちゃんの柳腰と共振し、もはや線であって線じゃない。真空パックされた絵の中で、永遠に輝き続けます。元は新聞連載(偏執狂のトンデモ物語!)だったそうですが、こんな風におせんちゃんのエロスの未来性&永続性を目撃すると、バルテュス(1908-2001)なんて、ごくフツーの頭でっかちな画家にしか思えなくなったりして…ね(笑)。

f:id:chinpira415:20200530232516j:plainこちらも『おせん』の有名な挿画。雨の中、頭巾姿のおせんちゃんが、面倒な男から逃げる様子を傘越しに描いていて、まるで映画のワンシーン。墨の線だけで一瞬を切り取り、あとはご想像にお任せします…と、サラり投げ出してる淡泊さがタマラン!

f:id:chinpira415:20200530232626j:plainやっぱ映画好きとしては、降りしきる雨と傘と殺人で衝撃的に幕を開けるヒッチコック『海外特派員』('41)をツイ連想してしまいますね~。そういえばヒッチコック映画の美女たちも、色っぽいんだけどナマっぽくない…。作家が狂気スレスレで練り上げたイコンは、時代を軽々と超えて残響するんですね。

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同じく邦枝完二『お傳地獄』(1935)では珍しく豊満な胸元が―。でもここでのエロスは胸元より、隠れている口元ですよね。刺青の痛みにどう耐えているかを伏せ、あえて無表情に止めることで、苦痛の時間を想像させてしまう…こっわ~。

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雪岱に関してネットで調べていたら装丁家大貫伸樹の装丁挿絵探検隊」というブログを発見★未見の挿絵もたくさん紹介されていて、贅沢三昧させていただきました。丁寧なプロの解説、非常に勉強になりました(ぺこり)※装幀好きにはたまらないブログです

shinju-oonuki.hatenadiary.org

【おまけ】さて、ここからはちんぴらジャーナル定番の【おまけ】コーナーです。こんなにインスパイアされたんですから、Galleryちんぴらを開くしかありません。まずは、なーんちゃってお傳を作ってみました~♫

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先にも書きましたが、雪岱ってこれ以上ないくらい平面な絵なのに時間の溜めが利いている。そこで窓付きの箱に入れて標本みたいに登場させたらいいんじゃないかと思い立ち―。お傳もススキも雪の朝も、押絵風に何層にも貼り合わせて真空パック(爆)。

f:id:chinpira415:20200531140856j:plainおせんちゃんなんて、5層にもなってんのよー。ジル・スチュワートも真っ青さ~

f:id:chinpira415:20200531141415j:plainそして、なーんちゃって『筑波(1942)。柳と富士と女の後ろ姿。この無理やり感が、トーシローが手作りするときの強みです。じぶんだけ愉しめればいいのですから~(笑)

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ラストはやっぱりマブダチKKのお習字で👍雪岱せんせいもきっと草葉の陰から苦笑いされてることでしょう。

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PS 次回は6/29に更新します