勝手にシネマ評/『みんなのヴァカンス』('20)

なんて心地よい映画なんだろう!
ギョーム・ブラック監督作品『みんなのヴァカンス』は多幸感にあふれ、どこにもケチのつけようがない仕上がり。心から感心した。ゴダールを哀悼するシネフィルにも、トップガン・マーベリックのリピーター観客にも、自信を持っておススメできる映画なのだ。何ならアナ雪好きに声をかけてみるのもアリだろう。全方位に対応可能とは…スゴくないか?

ところが見終わってしばらく寝かせ、映画評に書こうと脳内で振り返ってみたら、ハタと困った、いったいどこがよかったんだっけ?と(笑)。「この場面に酔った!」「あのショットがただならない!」などと、勢い込んで語りたくなる要素がなぜだかすぐに思いつかない…もしかしてバランス良すぎ?その一方で、すぐにでも見返したいほど、未だ映画の余韻に浸ってもいる。トータルで惚れたということなのか…。書きながら整理してみたいので、しばしお付き合いください

まず、「乗り込め」という意味の原題「À l'abordage」を、『みんなのヴァカンス』という日本語タイトルにして正解。不思議なことに我々は、長期有休休暇への憧れからか、実際のヴァカンスについて何の経験もないのにヴァカンスと耳にしただけで、夏の甘美な解放感イメージに速攻で同機する。タイトル一発で、ちょっとアバンチュール寄りのご陽気モードにスイッチオンしてしまえるのだ。

そして、あなたのでもわたしのでもなく、“みんなの”と風呂敷を広げている点も座布団一枚だ。 “みんな”には我々観客も含まれている。そのうえ映画は、ロードムービー仕立てにすることで観客を非日常空間に招き入れ、登場人物たちと共に解き放つ仕立てなのである。なるほど、もはやみんなで乗り込むしかない作品らしい(笑)。

夏の夕暮れ。どこからか聴こえてくる音楽に酔いしれながら、独り鼻歌交じりにセーヌ川のほとりを漂い歩く黒人青年フェリックス。しばらくすると赤いタンクトップ姿の美女アルマと出会い、一緒に踊っているうち、なんだかいいムードに…。が、そう見えた矢先、いともあっさりと翌朝シーンへ切り替わり、アルマは慌ててヴァカンスへ旅立ってしまうではないか。おいおい、寸止めかよ~💦

そこで甘美な一夜を忘れられないフェリックスは、シンデレラにはナイショでサプライズ再会を画策しようと動く。宿代わりのテントを無料調達したと思ったら、親友のシェリを強引に誘い出し、相乗りアプリで知り合った世間知らずの青年エドゥアールの車にちゃっかり乗り込み、彼女を追い駆けて南仏の田舎町ディーへ旅立つのだ。はっや!恐るべし恋の情熱!

しかもこの間に事前情報として、野郎3人の個々の社会的背景やキャラ設定が超手際よくかつカジュアルに提示されるので、観客側が受け取る道づれ感はハンパない。特に車中のスケッチは、目的は一緒でも偶然出来上がったチーム編成ゆえ、不協和音も込みのLIVE中継になってて可笑しいのなんの!奴らへの親しみを募らせつつ我々は、4人目のヴァカンス・メンバーとしてすでに車中に居合わせているのだ。

やがて車窓から、緑濃い田舎町の景色や川遊びに興じる人々の賑わいが見えてくると、足並みが揃わなかった凹凸トリオ+我々全員のホホは自然と緩み、テンション上昇~♬未知の土地から薫る空気や、流れている時間の違いに全身で反応し、生きる歓びを再確認する瞬間がここには描かれている。旅が、休暇が始まる前の、あの至福の瞬間が! 

ヴァカンスを始終引っ張るキーマンとなるのは、上昇志向があり、自分本位で場を乱しがちなフェリックスだ。果たしてシンデレラに接見して靴を差し出せるか。未だ母親の監視下に置かれているエドゥアールは、裕福な家のお坊ちゃまくん。世知に疎くドン臭いが、手垢がついていない分、ヴァカンスでの伸びしろは大きい。そんな水と油の2人の仲を取りもつのが、ホスピタリティの異様に高いシェリフ。 “邪魔にならない男”の役割からどう飛躍するかが今後の課題だ

とはいえ、目の覚めるようなリッチな体験や、トンデモ事件は一切出てこない。テントで寝起きし、サイクリングに燃え、水辺ではしゃぎ、アイスクリームを舐めながら散歩し、ハッパにダンスにカラオケで盛り上がる若者たちの夏の日々である。

例えば旅先で偶然遭遇した若者たちの間で交わされる会話の中身は、人種や社会階層の違いから進路や支持政党に至るまで多岐にわたり、かつ恋バナと等価に扱って成熟度の違いを見せつけるが、めんどくさい話になる前でさらっとフェイドアウト。何かと引っ張り過ぎないのだ。また自然光撮影や編集、フランス国旗を意識した色彩設計もカンペキなのに気負いはゼロで、なぜここまで間がもってしまうのか…本当に不思議

実は本作は、フランス国立高等演劇学校の学生とのワークショップを元に制作された作品で、メインの3人をはじめ登場人物のほとんどが、映画出演経験のない学生とのこと。何が素晴らしいって、彼らの手つかずの輝きをそのマンマ真空パックし、映画に活かし切っている点だ。演技の上手い下手問題というより、役柄と素の本人との狭間に生じる揺らぎみたいなものに耳を澄ませ、その不安定さを映画に撮り込むことによって、劇映画らしさから巧妙にすり抜け続けている

その一方で映画のフォーマットには、恋愛、青春、冒険、コメディ、アクション、サスペンスetc…と、控えめながらあらゆるジャンル映画のエッセンスを散りばめ、劇映画らしく構成していて、なかなかの手練れなのだ。アクの強いフェリックスを早々と撃沈させ、映画のエネルギーをニューカマーたちに分散し、勝ち組と負け組の役回りを絶えず塗り替えるあたりなど、非常に上手い。

そもそも監督は、ハレよりケのスケッチに対する臭覚が鋭敏な作家である。ヴァカンスといえども、一人一人が備え持つ習慣化された日常の流儀はついて回るわけで、本作でも若者たちのケの時間に接近して行く。それも、どうだっていいレベルの事柄をきっかけにすれ違いを生じさせ、モメごとを勃発させるシーンのなんと多いことか!ハッキリ言って、「みんなのモメごと」とタイトルを変えてもいいくらい絶えずモメているのである(笑)。

冒頭、介護訪問先の老婆に、「リスクは犯すべきよ!」と背中を押されて急遽始まったフェリックスのシンデレラ探しが、あれよあれよという間にみんなのヴァカンスへ拡大展開した。振返ってみてわかった。そう、「モメ」こそが多幸感につながるアクションだったのだと!他者は大いなるストレスだが、他者の存在で人は変化し、世界が開かれる。もつれたときは、謝罪とハグで折り合える道だって見つかるしね~♬

劇映画らしさと、劇映画らしからぬ瞬間を共振させながら、仕上がった『みんなのヴァカンス』。スクリーンを吹き抜ける風を彼らと共に感じた至福の100分が忘れ難く、思わず2回、劇場へ乗り込んだよ、わぉー💦


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『みんなのヴァカンス』

2020年/100分/フランス

監督/脚本   ギョーム・ブラック
脚本    カトリーヌ・パイエ
撮影    アラン・ギシャウア                       
出演    エリック・ナンチュアング サリフ・シセ エドゥアール・シュルピス

PS 次回は10/29に更新します