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勝手にシネマ評/『ヤクザと憲法』

1月に公開された『ヤクザと憲法』が異例の大ヒット。3/5(土)~3/25(金)まで名古屋シネマテークhttp://cineaste.jp/でアンコール上映が決定した。参考までに私の映画評を掲載しておきます。この機会にぜひご覧あれ!

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い間口とシャープな問題定義で、我々の思考に揺さぶりを掛け続ける東海テレビ制作のドキュメンタリーシリーズ。TV放映後、劇場用に再編集し→映画館で一般公開というパッケージもすでに定着して久しい。打率もけっこう高いのよね…。シリーズ第8弾となる最新作は『ヤクザと憲法』。大阪の指定暴力団「二代目東組二代目清勇会」(組織名、長すぎ!)にカメラが入り、知られざる彼らの実態を記録して行く。

りゃあ、めったにのぞけない「場所」と「人」が映るとなれば、それだけで気持ちは高ぶる。しかも、反社会的立ち位置の組織に密着するわけで、我々の窮屈な日常からの開放を期待する節さえある。劇場の暗闇とアウトローとの相性の良さは言わずもがなだしね。ところが、幕が上がってみたら…いやはや困った。清勇会の事務所内部は、ある意味ぜんぜんワクワクさせられず(汗)、カメラが捉えるモノ、人、空気のすべてに既視感があるではないか!玄関で威圧する木彫りの竜から始まって、昭和な応接セットにおしぼりと冷水、お歴々の肖像写真が長押に並び、どデカイ赤富士の絵やガラス製の定番灰皿があるべきところに鎮座する。どの部屋も清潔に維持され、やたら整理が行き届き、平穏な生活断片にかえって落ち着かない気持ちになった(苦笑)。ここは確実に見知っている場所。そう、映画やドラマで見慣れたヤクザ事務所内と瓜二つなのである。さらには組員のビジュアルもカンペキに想定内。お召し物も言葉遣いも目力も、思わず「どちらの役者さんですか?」と尋ねたくなるのは私だけではないだろう。ホンモノに向かって奇妙な言い方になるが、“いかにも”な風貌なのだ。いや、北野武の『アウトレイジ』のメンツに比べたら、むしろ人情肌に見えたりして…。つまりヤクザというイメージは、絶えず情報として世の中に流出し、消費&拡大解釈され続けていて、もはや実態を追い越してしまっているのかもしれない。取材班が当たり前な生活空間に拍子抜けし、組員に「TVの見過ぎですよ」と諭されるシーンが出てくるが、メディアへの真っ当な皮肉と同時に、我々に対しても「何が見たいの、知りたいの?」と静かに問いただしているようで、むき出しの好奇心を私は少し恥じた。

はいえ私は根っからの映画愛好家。例えどんなに特異なテーマでも見覚えがあるものに興味はない…と。そこへ私のニーズにうってつけの人物が登場する。まずは二代目清勇会会長の川口和秀61歳だ。

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いおい、このツーブロックでキメた色男がヤクザだって?嘘だろう?マジに意表を突かれましたね。板についたスポーティーな装いも含め、元プロサッカー選手で通るのではないか。でもって穴が開くほど凝視しても、せいぜい40代後半にしか見えない若々しさ。ただし15年の実刑判決を受けた要注意人物とのことだけあり、眼光鋭く、その場の空気を一変させる只ならぬ気配が立ち上る。我々の凡庸な想像力がアッサリ覆らされる瞬間ほど恐ろしいものはない。見た目一つとっても、枠にハメて思考を停止させていては事実に届かないんだよな…。そしてこの会長が、ヤクザとその家族の身に実際に起きている差別被害を訴える場面になだれ込み、さらにビックリ。なるほど、組側が密着取材をOKした狙いはこの訴状にあるのね。とはいうものの、ヤクザと名乗ることで被る社会からの締め付けが、想像以上に理不尽なものに感じたのも事実。それは、ふるいの目を細かくして注意喚起するものではなく、予めふるいの数を増やして、排斥する範囲を広げるのを目的とした事前防止策だから、釈然としないわけ。

してもう一人、映画はこれ見よがしな扱いを受ける人物をフォーカスする。山口組の顧問弁護士を担ってきた山之内幸夫氏である。彼の場合はさらに過酷。ヤクザと一般社会をつなぐ中間に立ち、長年その調整役を引き受けてきたわけだが、“ならずものの弁護=おまえも同罪”の圧力が増強し、遂には弁護士資格剥奪の窮地に立たされてしまうのだ。すべてを無くしてもヤクザの世界への興味の方が勝ったと語る山之内氏。洒落にならない恐ろしい顛末だが、花魁に入れあげて肉親から縁を切られた若旦那の悲哀がウッスラ漂って見えたりして、その抜け殻感がたまらなく魅力的な絵になっていた。

解を恐れずに言えば、ヤクザも国家権力も、どちらも枠組み好き&統率好きという点においては似た者同士。個人の意思なんてものより、そこに乗り合わせることで自尊心が保たれるという幻想の箱舟ではないか。組長の言うセーフティーネットとしてのヤクザ生活さえ、私にはハードルが高すぎてムリですね。だってやたら規律が厳しい組織体質なんだもん(汗)自由が欲しけりゃ自分で何とかしなきゃなあと改めて心に誓ったわ(苦笑)。だから、部屋住みの21歳の新入りの選択が最も気になるところで、このパートをもっと突っ込んでほしかったが、映画は彼に対しても一定の距離を置いて終わる。

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ャッチコピーの「社会の淵が見えてきた」に、果たして作品が着地したかは疑問が残る。そもそも中心に置いた“社会” って何を指すのか―とも思う。だが、最も想像しにくい人たちの“我慢”は具体的に見えた。もはや健さんも文太もいない。ヤクザも我慢をぶっちゃける時代になったことは記憶しておきたい。

 


映画『ヤクザと憲法』予告編

 

ヤクザと憲法
2015年/日本/カラー/96分
監督   圡方宏史
撮影   中根芳樹
音楽   村井秀清
編集   山本哲二
プロデューサー  阿武野勝彦