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勝手にシネマ評/『キャロル』

まだ辛うじて公開されているようなので、遅まきながら映画『キャロル』評を掲載しておきます!傑作です(涙)。できれば、わたしの独断と偏見は鑑賞後にお読みください(笑)。ホメ殺ししすぎてますんで―(汗)。この連休にぜひ劇場へ★

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ッド・ヘインズ監督の新作『キャロル』がかなりの出来栄え。見どころがたくさんありすぎて、何から書こうか迷うほどだ。 
1952年、クリスマス・シーズンのニューヨーク。第2次大戦の戦勝国として、世界一豊かな生活を謳歌し、自国の価値観を絶対視していた時代の米国のストライクゾーンが舞台となる。ところがカメラが開口一番に捉え続けるのは、誰も見向きもしない地下鉄の通風孔。何と鉄格子を想起させる不穏な気配から映画は始まる。次にキャメラは人ごみを縫うように地上に上がり、日が落ちた都会の街角を切り取る。ここで注目してほしいのが、当時の映画の常套句をあえて再現している風な、作りもの感がにじみ出る街並み撮影だ。例えば先日公開されたスピルバーグの『ブリッジ・オブ・スパイ』の冒頭では、57年のブルックリンに舞う塵ひとつまでをも再現しようとあらゆるテクが駆使され、それはそれで驚異的な仕事を披露していたが、『キャロル』のアプローチは全く逆だ。特定の時代を緻密に織り上げてリアルとするのではなく、当時の娯楽映画の表現方法を借用し、当時の映画のフリをする。言うなれば、現実の模写=映画を、さらに模写するメタ映画の構造になっているのだ。ではそんな凝った作法で何を狙うのかというと、女性同士の恋愛劇である。作り物の世界でさえ取り上げることができなかった当時のタブーを、当時の絵具とパレットを用いて今の時代に描こうというわけだ。

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ロインはもちろん2人。ひとり娘の親権をめぐり離婚調停中の裕福な人妻キャロルと、高級百貨店でアルバイトをしながらフォトグラファーを夢見る若きテレーズ。本来ならば、人生の舞台が重なるはずのない2人が、プレゼント選びを縁にめぐり合う。メロドラマの定石通り、偶然の出会いと動物的直観と季節(聖夜)の後押しで、秘め事の扉が開かれるのだ。しかも、誰と誰が何を根拠に魅かれあうかの意味づけを詳細に提供しがちな現代の恋愛劇と違い、ここではキャロルがテレーズの目前に立ち現れる瞬間の“オーラ”一発で運命が決まる仕立て。“私たちは出会ってしまった、進むしか道はない”―そんな決意表明が高らかに聞こえてきそうな恋のはじまりに、我々は何の違和感も持たずにロックオンされる…。上手いんだよなあ。衣装も小道具も身のこなしも、ディティールへの目配せは無論素晴らしいのだが、それはあくまで「模写ですよ」と仮置きするための記号。メインディッシュは、かつての恋愛劇がそうだったように、恋人たちを取り囲む世界をすべて凍らせ、書き割りにし、2人の魂だけを赤々と燃えさせようとの演出にあるのだ。ゆえに我々は、求め合う2つの魂の燃焼ぶりに心が動かされ、もはや性別などすっかり忘れて魅入るだけ―。

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はいえ、彼女たちには表向きの顔がある。キャロルには執拗にやり直しを迫る夫が、テレーズにはパリ行きを誘うBFがいる。それは、強いられただけのパートナー選択ではなく、古き良き女性の人生設計に自らの意志で従ってきた結果にも見受けられる。―とりあえず普通の白人女性がやっている最大公約数の幸福に乗っておこうと。それでなくても政治的にはマッカーシズムが吹き荒れ始め、国中が異質なものに過剰に反応していた時代だから、自我に蓋をし保守的に生きるしか選択肢はなかったのかもしれない。しかしキャロルは、死に体で生きるのはもう御免だと決断する。それも、サタデー・イブニング・ポスト誌の広告から抜け出たような、クリスマスツリーと暖炉とピアノが備え付けられた優雅な居間で、夫に三下り半を突き付ける。米国人の多くが素直に信じた豊かな生活を“でもこれは書き割り。私には意味がない”と、卓袱台をひっくり返すのだ。そのうえ先に触れたように、当時の映画のフリをして放つNOだから、タブーの表面化がより衝撃的に映る。一方テレーズはキャロルと異なり、自分の中で湧き上がる未知の恋愛感情を、冷静に眺めようとの覚悟がある。フォトグラファー志望の彼女の目線は絶えず一枚膜を隔てた形で捉えられ、そのどこか手探りな振る舞いがドラマに求心力をもたらしている。要は、こってりしたメロドラマであると同時に、他者との化学反応で自らが変革するドラマに昇華しているから、目が離せないのだ。

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らに言えば、映画はかつての恋愛劇をなぞって模写はするが、文学的な高みに至るのは巧妙に避け、グラビア雑誌のトーンで描写していてダレることがない。特に後半の、無防備な愛の逃避行から世間の制裁に身をやつすスピーディな展開には、誰にも身に覚えのある苦い悲恋にうっすらと俗臭が漂い、そのいじらしさがより我々を魅了する。うっとりパッケージでも、スキャンダル狙いでもない、いい意味での平凡な顔つきがこの映画に親密さをもたらせているのだ。


No Other Love - Jo Stafford

ストは振り出しのシーンに時間が巻き戻され、我々にとっておきのX’マスプレゼントが用意される。Jo Stafford の "No Other Love"(ショパンの「練習曲作品10-3」に英語の歌詞がつけられた楽曲)が流れる中、天使テレーズがキャロルの元へ駆けつけるケレン味たっぷりな幕切れに、思わずブラボー!と叫びだしたくなった。まるでパリコレの老舗メゾンのフィナーレを飾るマリエ(ウエディングドレス)登場シーンを見るかのようで、鮮やかな一発逆転劇に酔いしれた…なんとまあ、趣味のいいメロドラマだろう!

つて育むことができなかった情愛を鉄格子から解き放ち、サンディ・パウエルのカンペキな衣装をまとわせ地上に降らせたトッド・ヘインズ。いやはや恐れ入りました、脱帽です。


映画『キャロル』予告編 90秒ver

 

キャロル
2015年/米/カラー/118分
監督   トッド・ヘインズ
撮影   エド・ラックマン
脚本   フィリス・ラジー
衣装   サンディ・パウエル
原作   パトリシア・ハイスミス

キャスト ケイト・ブランシェット ルーニー・マーラ